私が開院した理由

【ケガを繰り返した野球人生】o0314022312232808936-150x150
医療の道をめざそうと考えたきっかけは、自分自身の野球のケガでした。

小学2年生からリトルリーグで野球を始めた私は、肩と肘の痛みに小学生の時から悩まされていました。

「肩が痛い」と監督に言うと、試合出れなくなるのでは?怒られるのではないか?と考えて言えずにずっとがまんし、とうとう投げられなくなってから監督に報告する。そういうことを繰り返しました。

全力でボールを投げられない、ポジションを変えられる。ボールを投げる練習は自分だけ参加できない。ケガが原因で多くのもどかしい感情も経験しました。

何とか自分で痛みを改善しようと、書店のスポーツコーナーで野球肘、野球肩に関する書籍を探しまわりました。

しかし、当時は今ほどスポーツ医学も進んでおらず、詳しいリハビリ方法に関する書籍はありませんでした。

痛くなったら練習を休んで治す。また痛くなっては練習を休んで治す。そんなことを繰り返した小学校から高校までの野球人生でした。

【スポーツドクター・トレーナーを目指して】

bfd12074012fa5b2c8d2402ba58c868e_s高校野球部に所属していた当時、肘の故障から復帰不能と言われたプロ野球選手が、アメリカのスポーツドクターの手術によって見事に復帰して、活躍している姿をテレビで何度もとりあげていました。

「スポーツドクターってかっこいい!」と強く思ったのを覚えています。

私は小学生の時から肩、肘の故障に悩まされてました。

そんな自分には、野球選手の悩みを解決するスポーツドクターは、
特別にかっこよく見えました。

そして「医学部に入ってスポーツドクターになるぞ!」と考えました。
しかし、野球ばかりで勉強をしていませんでした。

結局、学力が足りず、医学部に入ること、
スポーツドクターの道は断念しました。

大学卒業後就職したのが不動産会社でした。
当時は就職難、職種、業務内容にはあまり考えずに決めた会社でした。

安易に就職先を決めたのは間違いでした。
仕事での厳しいノルマとプレッシャー、長時間労働。
安易に決めた職種では仕事の厳しさに耐え切れずに、
6ヶ月でやめることに。

仕事をやめてからはアルバイト生活が始まりました。
アルバイトをしながら、将来のことを考えました。

「次に就職する時に、一生を通じて関わる仕事として、自分がしたい仕事とはどんな仕事だろうか?」と何度も自問自答し、真剣に考えました。

自分はスポーツ、運動が好きで今後も関わっていきたい。
野球で肩、肘を故障し、つらい経験もした、
トレーニング方法を勉強したりもした。
スポーツドクターを目指したこともあった。

自分と同じように、故障、ケガに泣いているスポーツ選手の現場復帰、
パフォーマンスアップの手助けをしたいという思いが湧き出てきました。
そして、出てきた答えが【スポーツトレーナー】でした。

「スポーツトレーナーになるには鍼灸師の免許を取るといいよ。」
そんな助言をうけて、鍼灸専門学校に通いながら整骨院で勤務しました。

【修行時代に開院を目指す】

bc0f2d4813bfe57e6642de6854836a39_s朝5時半に家を出て、夜10時半頃に家に帰ってくる生活。

仕事の勉強、学校の勉強などで忙しく、
専門書とペンを握りしめながら、
机の上で朝まで眠ってしまうこともよくありました。

整骨院で働いて、びっくりしたことは、
痛みが原因で歩く、立つ、座るなど、
日常生活動作が不自由で困っている方が本当に多いことでした。

原因はギックリ腰、椎間板ヘルニア、変形性膝関節症、
脊柱管狭窄症、交通事故のムチ打ちなど多様でした。
「自分で歩いて買い物に行けた」「夜、眠れるようになった」
「仕事に復帰出来た」「念願の海外旅行に行けた」

良くなった方が、普通に生活できること、
やりたいことができる喜びを感じている姿を、
毎日、毎日、目にしました。

スポーツ選手に限らず、
今、目の前で喜んでいる方と、
同じような症状で困っている方も、
みていきたいと自然に思うようになりました。

「そうだ、自分で開院すれば、そんな人もみれるし、スポーツ障害の人もみれるじゃないか!」と、きづきました。

スポーツトレーナーとして雇われるのではなく、自分で開院しよう!
関わる人達の身体と心のパフォーマンスを上げるための手伝いをしよう!
そして、楽しい生活を送ってもらおう!
そう、決意しました。

修行時代は、忙しくて心身ともに疲れることがあっても、
苦痛を感じることはありませんでした。
長かったような、短かったような8年8ヶ月の修行時代でした。

【変わらぬ思いで・・・】

IMGP0445_sh012006年7月25日 出身地である生野区で武川整骨院を開院。野球でのケガ、サラリーマン経験、アルバイト生活、整骨院での勤務、すべての経験に無駄はなかった。

そして、地域医療に貢献しようと決意してよかったと思っています。
多くの方のご縁に導かれながら、こうして開院できたことに本当に感謝します。

【関わる人達の身体と心のパフォーマンスを上げるための手伝いをしよう!そして、楽しい生活を送ってもらおう!】
この思い、志を忘れることなく毎日の施術に励んでいます。

 

院長の紹介

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武川宏彰

プロフィール

【資格】
柔道整復師
鍼灸師
ストレッチポールアドバンストトレーナー

【出身地】大阪市生野区
【居住地】大阪市生野区
【誕生日 】 8月 2日 生まれ
【血液型】 A型

【学歴】
中川幼稚園卒園
中川小学校卒業
大池中学校卒業
桃山学院高校卒業
龍谷大学卒業
森ノ宮医療学園 鍼灸科卒業
森ノ宮医療学園 柔整科卒業

【スポーツ歴】
大阪生野リトルリーグで野球を小学2年生で始める
天王寺愛和シニアリーグで中学3年間野球
桃山学院高校で、3年間高校野球
大学時代にスノーボードを始め15年続ける
2009年大阪ハーフマラソンに参加。現在もマラソン大会に参加を続ける
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自分自身もスポーツを続けることで、
スポーツ選手、趣味で運動をされる方の気持ちが理解できる、
健康指導するなら自分が健康でないといけないと考え、
開院後にランニングを始めました。

マラソン大会に参加するようになってからは、
市民ランナーさんにも多数来院していただいています。
フルマラソンの自己ベストは3時間38分

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